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INTERVIEW

尾道は50代にして初めてできた故郷。 地元の人の情熱と人情のサポートで起業

佐々木 真人 / 佐々木 真理さん

千葉県→尾道市
2020年
尾道ブルワリー経営

真人さんは東京・神田、真理さんは東京・江東区の出身。それぞれが会社勤務をしながら、「関東圏にとどまるよりも、違う生き方があるはず」と真理さんがクラフトビール造りを提案。その場を尾道に決め、2020年8月に柴犬ムサシとともに移住。2021年1月に発泡酒製造免許を取得し「尾道ブルワリー」を創業。50代半ばの決断だった。

移住の経緯を教えて下さい。

真人さん)
千葉に住み、東京で食品会社の中枢を担って仕事をしていました。一時は一年364日、睡眠時間が一日3時間という生活が続き、40代半ばで体調を崩しました。良くなったり悪くなったりを繰り返し「このままでいいのか」と悶々としていました。それが10年間くらい続いていました。

真理さん)
私は旅行代理店などで働いていて、育児もあり、彼が随分イライラしているなと気づきながら一日一日が精一杯の生活でした。同時に私たちはもっといきいきと働け、暮らしていけるライフスタイルがあるんじゃないかと感じていて、やがて彼が元気になり「何かやりたい」という意欲も出てきたタイミングで「仕事を辞めて、どこかの町でクラフトビールを造らない?」と提案してみたんです。

60歳を過ぎても仕事はしたかったですし、ふたりともビールが好きで、もの作りをしてみたかった。3・11以降東北の町が復興していくのを見て地域創生にも興味がありましたから、どこか地方でできたらいいなと思いました。

なぜ尾道を選んだのですか?

真人さん)
「ビール造りもいいな」と思い、調べ始めました。ビールを造り、販売するという事業性を考えた時、「人口が10万人以上の地方都市」「ビールの醸造所がない」「観光地として成長性がある」という条件で10カ所くらい候補を絞り各地の移住説明会に足を運ぶうち、広島県移住説明会に参加したときに、尾道の移住コーディネーターの酒井さんとひろしま暮らしサポートセンターの相談員・森上さんに出会ったことが大きかったですね。

その場で何人かの紹介を受け、熱心に移住を勧めてくださったんです。後に下見に行ったときにも、酒井さんや地元の方が歓迎してくれる温度の高さのようなものを感じました。

尾道は4年前にしまなみ海道をサイクリング旅行に来ていたこともあり、馴染みはありました。

尾道を起業の候補に決めて毎月数日間訪れ、物件探しや情報収集していたんですが、尾道駅周辺の居酒屋で食事をしながら、地元の人に「尾道でビールを造りたいんです」「いい物件はないですか」「ビールができたら置いてくださいね」などと雑談の中で話したら、居酒屋などで知り合った人たちや、市役所の担当者が私たちのビール造りを面白がってくれて、いろんな人を紹介してくれ、アドバイスをしれくれるようになって。下見に来るたびに人の輪が広がりました。

店舗の物件がなかなか見つからなかったのですが、バーのマスターが「古い蔵だけど、大家さんが借り手を探しているよ」とわざわざ千葉に連絡をくださって。それが築120年のこの土蔵でした。もともと古民家でやりたかったから、この立派な梁を見て「ここだ」と即決しました。

やがて広告代理店に勤務していた大家さんが旗振りとなって、尾道ブルワリーを作るためのプロジェクトを立ち上げてくれたんです。醸造所の施工は地元の工務店兼映像会社の人達、ロゴやラベルデザインはデザイナーでもある店の表のレモネード屋さんの店主、ポスターに使用する写真撮影はまち歩き団体・尾道商會の会長さん、などクリエイターがあっという間に揃って。20代から50代まで、さまざまな年齢層、業種の人が関わってくれたんです。

尾道でビールを造ることを決めて9ヶ月後、2020年8月に移住し、2021年1月に発泡酒製造免許を取得し開業しました。

50代での移住に抵抗はなかったですか?

真理さん)
子どもはもう独立しましたし、私たちの両親も亡くなりました。だったらもう関東にこだわる必要はないし、60歳になっても混み合う通勤電車に乗りたくない。これからは二人がやりたいことをやってみればいいじゃないかと思ったんです。

何かを変えたかった。体調を崩した彼を見ていてその一歩を踏み出す必要があるなと思ったんです。

真人さん)
体調を崩したことで逆にその後の人生の選択肢ができたように思います。病気をしなかったらそのまま悶々としながらも東京で働いたでしょうね。

現在、尾道でのビール造りはいかがですか?

真人さん)
一言で言うと楽しいです! ものを作ること、自分が考えたことを試行錯誤しながら実行でき、販売できること。尾道の人との関わり、お客様との関わり、全て楽しいです。

真理さん)
楽しいですね。サラリーマン時代には知り得なかった人たち、面白い人達との出会いがあって刺激が多く、視野が広がりました。お店に来てくださる方がリピートしてくださったり、別のお客様を紹介してくださったりして、私たちは尾道の方の「気持ちのいいおせっかい」で成り立っているような気がします。

真人さん)
それと尾道の人は、知らない人同士子供から大人でも通りかかりに挨拶をしてくださるんですよね。現在の東京ではない、私の生まれ育った昔の東京の下町もそうでした。こういうところに尾道の良さが集約していると思います。

どんなビールを造っていますか?

真人さん)
尾道産のレモンを使ったペールエールの「尾道エール」と、尾道産のみかんを入れた麦芽を感じる「しまなみゴールデンエール」の2種が定番。それ以外は、岩子島(いわしじま)のトマト、尾道に移住されたましろ珈琲さんの珈琲、尾道の果物、農産物などをビールに取り入れて商品化し、販売しています。

地元の物を使うことは尾道のブランディングにもなりますし、生産者さんと一緒に頑張りたいという思いもあります。移住して分かったのは、尾道にはいろいろな商材はあるということです。

真理さん)
住まいは向島で、毎日自転車で、尾道水道を3分で渡る渡船で出社しています。船から見る尾道の景色、海の景色がとても好きです。渡船の船頭さんもかっこいいですしね(笑)。島に住んでいますが、生活に必要なものは揃っていますし不便はまったく感じませんね。

真人さん)
都会よりも尾道の人、景色、空気、時間の流れは豊かな気持ちになります。例え欲しい物があっても今はネットで買えますし。一度もよそ者扱いをされたことは無く、人に恵まれているので移住をしたことによる疎外感のようなものも感じません。

今後の展望は?

真人さん)
もちろんビジネスとして安定していかなければならないのですが、儲けよう!というよりも、ここがビールを飲みに来た観光客と尾道の人の交流の場になってほしいという思いのほうが強いです。私たちのビールの背景には地元農家の生産者さん、ラベルやポスターなどを考えてくれるクリエイター、私たちがお世話になっている方々がたくさんいて、ビールを飲んでくださる方がいる。この店はそうした方々の拠点であり、交流の場になってくれたらいいですね。実際に私たちも移住・起業の相談に乗ったりしてるんですよ。

移住を考えている人へのアドバイスをお願いします。

真人さん)
広島県も尾道市も、移住者に対するサポートが手厚くてとても助かりました。尾道には「気持ちのいいおせっかい」をしてくれる人が多いので、暮らしていても疎外感もありません。もし移住を考えておられる方がいたら、私たちが経験に基づいてのアドバイスできますし、実際に相談に来られる方もいます。私たち夫婦は千葉や東京で生まれ育ったので、故郷がないと思っていたんですが、50歳を過ぎて初めて故郷ができましたよ。

仕事の日

7:00 起床
7:20〜8:00 ムサシの散歩
9:00 渡船で出勤
9:30 ビールの仕込み
開店
21:00 帰宅
21:30 ムサシの散歩
25:00 就寝

休みの日

7:00 起床
7:20 ムサシの散歩
9:30 ビールの配達
12:00 ムサシを連れて因島へドライブ
19:00 尾道水道の本土側のベンチで風に吹かれてビールで乾杯
21:00 帰宅
25:00 就寝
佐々木 真人 / 佐々木 真理

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