ログイン
INTERVIEW

建築分野で自分ならではの仕事がしたい。次々と人がつながって、やりがいを感じながら丁寧に暮らす喜びを見つけられました。

保川 あづみさん

東京都→福山市
2020年
工務店勤務(注文住宅の設計)

「一生懸命やってもお客さんに『ありがとうと言ってもらえない』」「お客さんに近いところで、自分のやりたかった設計を生かしたい」…そんな思いで過ごしていた日々。人生を変えるきっかけは、学生時代の瀬戸内旅行の中にありました。

移住のきっかけは何ですか?

父が転勤族でしたが小学校4年生の時からはずっと東京に住んでいました。子どもの頃から、その土地土地に息づく人の暮らしに興味があった私は、大学と大学院で建築、特に建物の歴史について学びました。

卒業後に東京でデザイン・内装の会社に就職し、建築の現場で施工管理をしていたのですが、チェーン店の内装など「同じようなもの」を頼まれて、そのまま繰り返しつくり、一生懸命やってもお客さんに『ありがとうと言ってもらえない』ような仕事が多く、もっと人や暮らしに寄り添う仕事ができたら、と考えるようになりました。

そんな頃、現場が銀座にあって、たまたま近くに広島ブランドショップの「TAU」を見つけて。『あぁ、そう言えば私、尾道が大好きだったなぁ』ということを、ふと思い出したんです。

ちょうどコロナ禍で、地方移住をしている人が増えている、とテレビで放映されていたこともあって、「広島」「移住」で検索をかけました。そこで、広島県の移住サイト「HIROBIRO.」を見つけて、広島県の移住相談窓口「ひろしま暮らしサポートセンター」が現場のすぐ近くにあることを知ったんです。たくさんの偶然が重なっていることに驚いて、「これはもう行ってみるしかない!」と思い立ったのが、移住に向けて動き始めたきっかけです。笑

なぜ広島を選んだのですか?

広島、特に尾道との出会いは、大学の建築サークルでの旅行です。瀬戸内国際芸術祭の舞台となる島々や尾道の空き家再生など、アートや建築が盛んな瀬戸内へと、年に1回は足を運んでいました。

穏やかな海があって、すぐ近くに坂道や山もあって、そこに張り付くように色々な建物がひしめき合っている。まるで迷路のような路地裏へ、探検するように入っていったりするのも楽しくて。いろんな人のさまざまな暮らしや想い、時間が雑多に集まっている様子がなんだか愛おしくて、気がつけば尾道のことが大好きになり、いつか住んでみたいなと思うようになりました。

どのように移住を進めていきましたか?

ゆかりのない土地で、知り合いが誰もいないことには不安がありました。でも、相談するうちに、どうしても今、移住したい、今動かなきゃと考えるようになって。まずは家族や友達に「私は尾道に行くよ」と宣言しました。まだ次の仕事は決まっていなかったのですが、「宣言したからには進めよう」と思い、現場の区切りができたタイミングで退職して、本格的に移住の準備を進めていきました。

最初に苦労したのが、仕事探しです。退職前から尾道の求人を探していたのですが、なかなか見つけられずにいました。できれば建築関係で、人とかかわりながら暮らしを豊かにする手伝いをしたい、と考えていたのですが、尾道には建築の会社自体が少なくて。

ひろしま暮らしサポートセンターではどんな相談をしましたか?

まず仕事のことです。ひろしま暮らしサポートセンターの森上さんに、尾道で希望の仕事を見つけられないことを相談しましたら、「尾道の隣に、人口が50万人くらいで広島県第2の都市と言われている福山市があるの。福山には会社がたくさんあるので建築の仕事もあるんじゃないかな。通勤も可能ですよ。」とアドバイスをもらいました。

土地勘がなかった私にとって、目からウロコが落ちるような提案でした。早速、窓口で一緒に福山の建築関係の会社を探してみると、「お客様ひとりひとりに合わせた空間設計」を大切にしておられる会社が求人をしているのをみつけてピン!ときました。

すぐに直接電話しちゃたのですが、なんとすぐに「面接をしましょう」と言ってくださったんです。それから面接・採用とスムーズに話が進み、退職後1か月も経たないうちに1社目の会社で仕事を決めることができました。笑

住む場所についても、森上さんに尾道や福山の通勤環境を教えてもらって、森上さんから紹介していただいた市役所の方からオススメの地域を教えてもらったり、新しい勤務先の社長に紹介してもらった不動産屋で具体的な物件を探してもらうなど、人づてにいろいろな人が力を貸してくださって、相談するうちに少しずつ移住が現実になっていきました。

移住した当初はどんなことを感じましたか?

仕事をやめて3か月後には、福山での新生活がスタートしました。実は私にとって、これが初めての一人暮らしだったんです。新しい生活への期待ももちろんあったのですが、一人になるのが寂しくて、寂しくて。引っ越しの手伝いに来てくれていた母親を駅で見送る時には、思わず泣いてしまいました。コロナ禍の中で東京から来ていたので、仕事を始める前の2週間は自宅での待機になり、誰にも会わない日が続いて、とにかく不安でした。

そんな中でも私を支えてくれたのは、他県から広島へ来られた移住の先輩です。移住する前に、森上さんに紹介してもらって、つながった女性移住者の方は、「場」づくりの活動をしている団体の代表の方で、古民家再生による活動の拠点づくりを一緒にやらないかと誘ってくださいました。この方にいろいろ相談できたこと、様々な分野の地元の人を紹介してもらえたことは本当に有り難かったです。単身での移住だったので、移住する前に現地の人と知り合いになれたことで安心して移住することができましたし、移住してからもどんどん人間関係が広がっていきました。

新しい生活はいかがですか?

移住してから、仕事や生活は大きく変わりました。新しい仕事は、工務店での注文住宅の設計。お客さんの要望を聞き、打合せを重ねながら一緒に家をつくっていっています。

前職は大きな会社での担当の仕事だったので、お客様の顔が見えなかったのですが、今はお客様がすぐ近くにいて、人や暮らしに寄り添うことを実感できるのでやりがいを感じています。東京の会社での施工管理の経験も活かすことができています。

私が移住者であることを知ったお客様がオススメの場所を紹介してくれたりと、人の温かさも感じることができています。

生活の面では、東京では夜10時に帰宅、4時半に起きる生活で現場と家を満員電車で行き来するばかりでしたが、通勤時間が1時間半から10分になって自分の時間がずいぶん増えました。1日の中でいろいろなことができるようになりましたが、ひとりになる時間も大切な時間で、今は仕事帰りに海に寄って景色を眺めたり、毎日の自炊を楽しんだりと、丁寧に暮らす喜びをかみしめています。

これからやってみたいことはありますか?

尾道や福山は、人のあたたかさを感じられる場所。人とのつながりから、また新しいつながりが生まれていって、全く縁のなかった私も多くの人の輪の中で、少しずつ世界が広がっています。

例えば、インスタグラムを通して繋がった尾道の地域おこし協力隊の女性は、尾道市内陸部の御調町(みつぎちょう)にある、大正時代の洋館を改修した活動拠点「まるみデパート」の男性スタッフを紹介してくれました。

彼に古い建物の活用に興味があることを伝えると、御調町にある古民家を宿泊施設として再利用するプロジェクトに誘っていただきました。仕事のペースも掴めてきたので、以前から興味のあったリノベーションなどのプロジェクトに参加したり、他の移住者の方や地域の方とのつながりの中で、自分にできること、ここでしかできない新しいことに挑戦していきたいと思っています。

仕事の日

6:30 起床、朝食・弁当づくりなど朝の準備
8:10 出勤
8:30 始業、図面の作成など
12:00 昼ごはん(弁当)
13:00 打合せや、現地でのチェックなど

18:00 終業、寄り道して公園で一息
19:00 帰宅・夕食
19:45 自由時間(映画鑑賞や読書、家族や友人との電話など)、就寝準備
24:00 就寝

休みの日

8:00 起床、家事など
10:00 ドライブへ、道の駅での買い出しなど
16:00 帰宅、一週間分のご飯のつくりおき
18:00 夕食
18:30 自由時間
24:00 就寝
22:30 友人や家族と電話
24:00 就寝
保川あづみさん

関連インタビュー

INTERVIEW

アビ 会員特典を利用する! 無料 会員登録
サポート窓口/お問い合わせ