必要なのは、ゼロからの創造力だけじゃない。都会で培った経験が広島で活きる
JR広島駅のリニューアルやサッカースタジアムの新設など、大きく生まれ変わりつつある広島市中心部。歴史や文化、自然を大切に守り、活かしながら新しい景色が広がっている街に魅力を感じ、「ここで暮らすのもいいかもしれない」と思う一方で、こんな疑問がよぎる人もいるのではないでしょうか。
「地方には、自分らしく活躍できる場があるのだろうか?」。
新規事業を立ち上げたり、先頭に立って引っ張ったりするタイプでなくとも、都会の組織で積み上げた調整力やサポート力、DXの知識などで地域の役に立てないか。
そんな問いにヒントを与えてくれるのが、東京からUターン移住した新家美穂さんの働き方です。広島県内の企業にコミュニティマネージャーとして参画する彼女は、海外や東京で培った「人と人をつなぎ、チームの力を最大化する」スキルを発揮し、自治体や企業が抱える課題を解決へと導いています。
新家 美穂さん
自分にできることを探しに、広島へ一時帰郷
広島市で生まれ育ち、東京の大学へと進学した新家さん。卒業後は国内外の団体・企業に所属し、さまざまな国籍の人が在籍するチームでの業務や、大手企業から中小企業まで多数の組織づくり支援に携わってきました。「どの場所でも常に関心があったのは、一人ひとりが力を発揮できるチームづくりでした」と新家さんは振り返ります。
東京と東南アジアでの暮らしを経て、いずれは地元に帰ろうと考えていた新家さん。しかし、広島では高校までしか過ごしておらず、まちの“今”はわからない。「一体ここで、自分にできることはあるのだろうか?」。そんな疑問を抱いた新家さんは2024年5月に一度帰郷し、社会人の視点で地元を見つめ直すことにしました。興味があったイベントに参加すると、自分と価値観の近い人が広島にもたくさんいることに気付いたといいます。
その中の一人が、株式会社DoTS(ドッツ)の代表・谷口千春さんでした。広島・瀬戸内の人やモノをつなぐ企業を立ち上げようとしていた谷口さんと意気投合し、ドッツのメンバーとして参画することに。自身がこれまで培ってきた経験が活かせる場所と出会えた新家さんは、広島市内にUターン移住する決意を固めました。
都会で積んだ地道な経験が、地方で大きな力になる
新家さんは自身を「0から1を生むタイプではない」と語ります。
「得意なのは、停滞している状況を整理して適材適所につなぎ、物事を1から5、10へと育てていくこと。組織がスムーズに動き、メンバーが楽しく働けるようサポートすることを心がけています。広島県内には思いを持って活動されている方がたくさんいて、私自身も日々刺激を受けています。その熱意を受け取り、サポートできる仲間が増えれば、取り組みの広がりやスピードもより大きくなっていくのではないでしょうか」。
新家さんが実際に広島で働いてみて感じたのは、都会で培ったスキルを活かせる場面が想像以上に多いということ。
「それは例えば、ものごとの段取りを考えたり、関係者との予定を調整したり、進捗を管理したり、自分の裁量でものごとを決めたりといった、特別ではないけれど、経験に裏打ちされた実務能力です。こうしたスキルは地方でも確実に役立ちます。とくに“決めること”に慣れている人がいるとプロジェクトはぐっと前に進んでいきますし、Slackなどのデジタルツールを使える人はDXを進めたい企業にとって心強い存在になるはずです」。
ドッツでは、広島県内の自治体や事業者さんの魅力発信やプロモーションの伴走支援を担当している新家さん。ヒアリングを行い、ご本人たちが気づいていない魅力の打ち出し方を提案していきます。また、実現したいことを踏まえて、行政、デザイナー、事業者、学生など幅広いメンバーをつないでチームを作り、広島駅ビル内のショップ兼レストラン「miobyDoTS(ミオバイドッツ)」を活用したイベントや物販、期間限定メニューなどの企画・運営を手がけています。
そんな彼女は、「県外で働いた経験があったからこそ、地域や企業の魅力に改めて気付けた」と話します。
「外からの視点で“いいな”と感じたことをそのまま伝えてみると、とても喜んでもらえることがあって。それが私自身もうれしいんです。同じ場所に長くいると、自分たちの良さにはどうしても気付きにくくなってしまいますよね。その土地ならではの魅力や強みを伝えることも、一度県外に出た地元出身者や移住者ができることの一つかなと思います」。
ふるさと以外に大切な場所が増えていく喜び
東京では、会社が掲げるビジョンを通じて社会を変えていく感覚が強かったという新家さん。広島で働き始めてからは、自分の仕事がまちに波及していく手応えを感じているそうです。
「地域に根ざすことの面白さを毎日実感しています。思いを持って活動している人たちと関わるのは本当に楽しく、決められた正解がないからこそ、“ともに創り上げている”ことへの喜びも大きいですね」。
また、ふるさと以外に大切な場所が増えていくのも、地域にコミットする仕事の魅力だといいます。
「県内でも庄原市など、一緒にプロジェクトに取り組んだまちのことが大好きになりました。深く関わった人がいるまちは、また必ず訪れたくなるんですよね。 “あの人、元気にしているかな?”と思いを寄せられる土地があることは、人生を豊かにしてくれると感じます」。
さらに、学生インターンを積極的に受け入れるドッツならではのつながりも広がっています。「拠点が広島駅ビルにあることで、卒業生が“東京から面白い人を連れてきたよ”と立ち寄ってくれることもあるんです。私たちとの活動を通じて、いつか広島で新しいことにチャレンジしてみたいと考える若者が増えたらうれしいですね」。
学生時代の出会いや経験を糧に、都会でスキルを積んだ若いプレイヤーが再び広島に戻ってきてくれる…。そんなポジティブな循環が生まれれば、地域の未来はさらに明るくなっていくはずです。
移住のカギは「ラフ」と「グラデーション」
「移住を考え始めたらその土地を一度、ラフに訪れるのがおすすめ」と新家さん。実際に足を運び、人と話すことで得られる出会いや発見が、移住の判断材料になるといいます。
「最初は地域のイベントに参加してみて、次は短期滞在してみる…というようにグラデーション的な関わり方をすることで、移住や転職の最適なタイミングが見えやすくなるはずです」。
地方では企業側が人材募集や新しい取り組みを十分に発信できていないケースも少なくありません。そのため、新家さんは「気になる企業には自分から聞いてみるのも良いと思います。企業側もきっと、そうした問い合わせはうれしいんじゃないでしょうか」と教えてくれました。
また、「都会で積み上げたキャリアを手放すのはもったいない」とも話します。「私自身、東京とつながりを保ち続け、大手企業の動きを知っていることが、広島の仕事にも活かされています。今はリモートワークもできますし、地方に移住するからといって都会の仕事をすっぱり辞めてしまう必要はないんじゃないかなと思います」。
自然の些細な変化を慈しめる自分でいたい
新家さんが大切にしているのは「ウェルビーイング」の価値観です。「自分自身も、関わってくれる人も、みんなが心地よく、ワクワクしながら働ける環境をつくることで、故郷・広島に貢献できたらと考えています」。
暮らしの中でも、心身のすこやかさを大切にしています。現在は川のそばに暮らしており、数時間ごとに変わる景色に心を動かされるそう。「景色の美しさに気付くだけでも、世界の見え方が変わる。だから、そういう些細な変化を慈しめる自分でいたいなと思います」。休日には川でSUPを楽しみ、仲間とレースに挑戦する予定もあるそうです。
東京で働いていた頃は、仕事とプライベートを明確に切り分けていたという彼女。しかし広島に移住してからは、その境界もグラデーションになったといいます。「仕事相手と飲みに行くうちに、自分の弱さや素の部分も見せられるようになりました。仕事相手とも友達になれるんだと気付けたのは、移住して良かったことの一つです」。
「今後は、県内の各地域に対する解像度をもっと上げていきたい。私にとってはそれが本当に楽しくて、まさにライフワークなんです」と話す新家さんの笑顔からは、広島での充実した日々が伝わってきました。
華やかな肩書きや実績がなくても、ていねいに人と向き合い、プロジェクトを着実に進めてきた経験は、地域にパワーを与えてくれる。大小さまざまなチャレンジが生まれている広島のまちでは、そうしたスキルを活かし、自分らしく活躍できるフィールドが広がっています。
あなたが地道に積み上げてきた実務能力が、思いを持つ人たちの背中を押し、まちで芽吹いたアイディアや事業を育てていくはずです。